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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)10452号 判決

原告 堀節治

被告 国

代理人 林倫正 外三名

主文

一、被告は原告に対し金二六万七四九八円およびこれに対する昭和三八年七月四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その二を原告、その余を被告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一、原告が昭和二九年三月一五日浅草税務署長に対し、昭和二八年度分の所得税について原告主張のとおりの確定申告をなし、金二万三、六〇〇円を納付したこと、同税務署長が原告の昭和二八年度分の所得税について、昭和三一年一一月二〇日原告に対し、その主張のとおり総所得金額に雑所得金二四五万八、一〇〇円を加え、医療費控除金一一万九、七二〇円を削除して所得税額を金一二八万七、三八〇円とする更正処分をなしたこと、被告が右更正処分に基づいて前記納付済の金二万三、六〇〇円を差引いた残税額金一二六万三、七八〇円について、原告の財産に対する滞納処分により昭和三六年七月二八日金七一万六四〇円、同年一二月八日金五五万三一四〇円を徴収し、右更正所得税額の全額を徴収したことはいずれも当事者間に争いがない。

二、そして右更正処分において原告の総所得金額に加算すべきものとされた雑所得金二四五万八、一〇〇円が請求原因第四項(一)の(1)ないし(9)記載のとおりの貸付収入金額の総計に所得標準率九〇%を乗じて算出されたものであること、右貸付収入金のうち(1)の金一八〇万円が、大沢金備他二名を連帯債務者として原告が(イ)昭和二七年一二月一九日貸付けた金三〇万円(利息日歩五〇銭)の昭和二八年中の利息・損害金五四万七、五〇〇円、(ロ)昭和二八年三月二五日貸付けた金一五五万八、九五〇円(利息日歩一七銭)の同年中の利息・損害金七四万四、七一〇円、(ハ)大木みよ名義で同年七月二九日貸付けた金二五〇万円(利息日歩二〇銭)の同年中の利息・損害金七七万五、〇〇〇円、以上の利息・損害金合計二〇六万七二一〇円を大約して金一八〇万円としたものであることもいずれも当事者間に争いがないところ、原告は、右(イ)、(ロ)については各貸付および利息・損害金債権の発生は認めるが、その利息・損害金を昭和二八年中に現実に収受したことなく、右債権は課税年度経過後に原告が回収不能の事実を認めて一切これを放棄し、いわゆる貸倒れとなつたものであり、右(ハ)および右(2)ないし(9)についてはそもそも貸付の事実そのものが存在しないから、右雑所得金二四五万八、一〇〇円はすべて課税対象になり得ず、従つて本件更正処分により徴収された税金のうち右雑所得に対応する分が不当利得を構成すると主張するので、以下項を分けて検討する。(以下便宜右(イ)(ロ)の所得合計金一二九万二、二一〇円を貸倒れ所得、右(ハ)および(2)ないし(9)の所得合計金一七〇万六、二五〇円を誤認所得と略称する。)

三、(誤認所得について)

先ず右誤認所得について現実の収入は勿論、債権の発生もなかつたとする原告の主張が認められる場合、右所得を課税対象として徴収された税金について不当利得返還請求権が成立するか否かを判断する。

(一)  租税法律関係においてはその形成実現の過程において国家意思の優越が認められていることを否定できず、租税の賦課、更正、滞納処分等は公定力を有する行政行為であると解される。そして右誤認所得について現実の収入は勿論債権の発生もなかつたとする原告の主張が認められるとすれば、右所得が存在するものとしてなされた本件更正処分が右所得に対応する限度で、法の定める要件に適合しない違法な行政行為、換言すれば瑕疵ある行政行為に該当することはいうまでもない。ところで瑕疵ある行政行為によつて行政庁が利得を得た場合、当該行政行為が絶対無効であれば、その相手方は何時でも先決問題である行政行為の無効を主張して右利得を不当利得として返還請求できるが、当該の瑕疵ある行政行為が単に取消しうるにすぎない場合は、それが有効に存続する以上、何人も一応行政庁の判断を正当として承認することを要し、客観的には不当の利得の存する場合でも該利得は有効に存続する行政行為によつて生じたものとして法律上の原因ある利得というべく原則として(例外については後述する。)、原因たる行政行為が一定の方法により、すなわち権限ある行政庁又は裁判所によつて取消されて初めてその相手方は右利得を不当利得として返還請求できるものと解すべきである。すなわち不当利得の法理は、法の一般原則として公法、私法を通じて適用さるべきではあるが、公法と私法の区別が否定され得ない以上、公法関係(権力関係)においてはその特殊性に応じて私法関係におけるとは異なつた右のような形態で発現するわけである。

(二)  右に述べたところを本件についてみれば、前記誤認所得に課税する本件更正処分に、絶対無効の要件である重大かつ明白な瑕疵の存したことを認めるに足る証拠はなく、原告も右処分の無効は主張しないところであるから、次に右処分の取消について検討するに本件更正処分当時の所得税法の規定によれば、課税処分の取消は先ず当該処分の通知ありたる日より一か月以内に原処分庁たる税務署長に再調査の請求をなし(同法第四八条第一項)、これに対する税務署長の再調査決定に不服ある者は該決定の通知ありたる日より一か月以内に国税局長に審査請求をなし(同法第四九条第一項)、更にこれに対する国税局長の審査決定に不服ある場合は該決定の通知ありたる日より三か月以内に抗告訴訟を提起する(同法第五一条第一、二項)という手続によつて、そして右手続によつてのみこれを求めうべきものとされていたところ、本件においては、原告が前記貸倒れ所得に対応する分も含めて本件更正処分全体について、東京国税局長宛の審査請求書を浅草税務署長に提出したため、同国税局長が右審査請求を所定の再調査請求を経ない不適法なものとして却下したこと、これに対し原告が所得税更正処分取消請求訴訟(東京地方裁判所昭和三二年(行)第五〇号事件)を提起したところ、右請求は訴願前置を欠く不適法なものとして却下され、控訴、上告を重ねて最高裁判所において昭和三七年(オ)第三〇五号事件として審理され昭和三八年六月一四日上告棄却により右却下判決が確定したことは当事者間に争いがない。してみると右誤認所得に対する更正処分は現在に至るまで権限ある行政庁又は裁判所により取消されていないことが明らかである。

(三)  ところで原告は、本件更正処分が無効あるいは取消されるべきものであることを主張するものではなく、右処分が有効に存在することは認めるが、その執行行為である徴税による利得が、存在しない所得に所得税を課すべきでないという所得税法の根本原則に照らして不当性を帯びるのであると主張し(事実摘示第三の一、二、四)、又たとえ不可争のものとして確定しても行政行為には実質的確定力がないから、本訴において本件更正処分を不適法であると認めてその徴収税金について不当利得の法理による救済をはかるのに何ら支障はないと主張し(事実摘示第三の(三)〈1〉更に訴願前置主義という便宜的かつ純技術的法制を誤解したために更正処分が不可争のものとなり、所得なきところに課税が行われるという不合理を来たしているような場合、法の一般原則である不当利得の法理による救済がはかられるべきであると主張する(事実摘示第三の五(二))。しかしながら瑕疵ある行政行為による不当利得の成立について、前記の如く絶体無効の場合を除き該行政行為について一定の方法による取消がなされることを要件とするという原則を正当と解する以上、右各主張はいずれも採用できないこと明らかであり、又後述する課税年度経過後に貸倒れが発生した場合のように争訟手続が法定されていない場合等特段の事情がある場合にはなお不当利得の一般理論による救済を考慮すべきではあるが、所得の認定を誤つてなされた課税処分については前記のように争訟手続が法定されているのであるから該処分に不服ある者は右手続によつて救済を求めることができるわけであるし、その他特段の事情を認めるに足りる証拠もないから、この場合右原則をそのまま適用することには何らの不都合もなく、十分な合理性があるというべきである。

(四)  従つて前記誤認所得が存在しないことを理由にこれに対応する徴収税額が不当利得となるとする原告の主張はその余の点について判断するまでもなく、理由がない。

四、(貸倒れ所得について)

(一)  次に前記貸倒れ所得について課税年度経過後に原告が利息・損害金債権を回収不能のため放棄したとする原告の主張が認められるとすれば、右所得を課税対象として徴収された税金について不当利得返還請求権が成立するか否かを判断する。

(1)  先ず原告の右主張が認められるならば本件更正処分は以下述べるように貸倒れの生じた時点において右所得に対応する限度で遡つて、右誤認所得の場合と同様瑕疵を帯びるに至ると解すべきである。すなわち昭和二八年当時の所得税法第一〇条第一項(現行法第三六条第一項)が「収入金額は………収入すべき金額による」と規定し、「収入した金額」なる表現をとつていないところからみても所得税法が所得の算定方法につきいわゆる発生主義をとつていることは明らかであり、従つて前記貸倒れ所得に課税する更正処分はそのなされた当時においては完全に適法であつたものといわざるを得ないが、所得の算定方法としての発生主義は、現実収入の原因たる権利の発生の時期と現実収入の時点との間に時間的ずれのある場合に課税上現実収入の時点の属する年度の所得としてではなく、権利発生の時期の属する年度の所得としてこれを算定すべきものとする方式であつて、所得を年度毎に正確・確実に捕捉する方式として極めて便宜・有用な技術的方法であると同時に、債権についていえば現実の収入が行われる以前の時点において現実の収入があつたのと同時に課税するという方法であるから、後に現実の収入が不可能であることが確定した場合には、結局において実質上所得なくして課税をなしたに等しい不合理な結果をもたらすわけである。この場合該課税処分は誤認所得すなわち課税年度において現実の収入も債権の発生もなかつた場合と異なり、そのなされた時点においては何らの瑕疵をも有していなかつたとはいえ、貸倒れが発生した時点においては、存在しない所得に対して課税を行なつたものとなる点において先の場合と何ら異なるところはないものというべきである。一方発生主義は債権が発生した時点で既にその債権そのものに財産的価値があるものとして課税するものであるという考え方も成り立ち得ようが、所得の算定に関する発生主義は、前述のように所得を年度毎に正確・確実に捕捉する技術的手段であり、いかなるものを課税の対象とすることが所得税の本質に適合し、課税の公正の理念にそうものであるかということに関する主義・原則ではなく、又「収入すべき金額」に課税するという主義である以上それは収入されることを予定し、前提とする立場に立つものというべく(さりとて条件付で課税するというのではないが)、後に収入されないことが客観的に確定した場合には右の前提が失われ、右発生主義の採用によつてそれまで何らの瑕疵もなく適法であるとされてきた課税処分も現実の利益のあるところに所得税を課すべしという所得税制度の実質的・根本的原則に照らして遡つて瑕疵を帯びるに至るものと解すべきである。

(2)  ところで原告が前記利息・損害金債権を放棄したことおよび右放棄が真実回収不能の状態でなされたものであるか否か、すなわち客観的に貸倒れと認められるか否かは容易にこれを判定し得るものでなく、右放棄の時点において本件更正処分が瑕疵を帯びるに至つたとしても右瑕疵は明白なる瑕疵に該当しないものというべく、本件更正処分が右貸倒れの発生により遡つて絶対無効となつたとは解されない。

(3)  次に右貸倒れ所得に対応する部分も含めて本件更正処分全体について、現在に至るまでその取消がなされておらず、前記最高裁判所判決によつてその取消請求の却下が確定していることは先に認定したとおりである。しかしながら課税年度経過後に貸倒れが発生した場合に該課税処分の是正を求める方法としては、昭和三七年法律第四四号による所得税法の改正により、「その回収することができないこととなつた部分の金額・・・に対応する所得の金額は当該所得の生じた年分の・・・所得の計算上なかつたものとみな」され(改正後の法第一〇条の六第一項)、貸倒れを生じた日後一か月間を限り更正の請求をすることができることとされ(同法第二七条の二)、右改正規定は昭和三七年一月一日以後に貸倒れが生じた場合に限つて適用されることとなつた(昭和三七年法律第四四号附則第七条)が本件で原告が貸倒れが生じたと主張する時点においては右のような調整規定は存在せず、課税処分の効力を争うには、絶対無効の場合を除き前記誤認所得について述べたように該処分通知後一定の期間内に再調査請求、審査請求をなし、更に不服ある場合に一定の期間内に抗告訴訟を提起するという方法による他なかつたわけである。従つて、本件の如く貸倒れが該処分(更正処分)に対する不服申立期間経過後に生じたような場合には右の方法により得ないことは明らかであるし、又右不服申立期間又は出訴期間の起算点を貸倒れ発生の時点と解して右方法の準用により該処分の取消を求める途を認めることも解釈上考えられなくはなかつたとも思われるが、当時一般的にそのような解釈が確立していたものとは到底認められないから、原告が主張する貸倒れ発生当時においては貸倒れ発生を理由に更正処分の取消を求める方法は存在していなかつたものといわざるを得ない。

ところで瑕疵ある行政行為によつて行政庁に利得が生じた場合、絶対無効の場合を除き、該行政行為が一定の方法により取消されて初めて右利得が不当利得となるのが原則であると解すべきことは前述したとおりである。しかし右原則は、瑕疵ある行政行為が一定の方法すなわち権限ある行政庁又は裁判所によつて「取消されない限り」不当利得が成立し得ないとするものである以上、該行政行為について、行政庁による自発的取消が可能である(これは原則として常に可能である。)ばかりでなく該行政行為の相手方が行政庁および裁判所にその取消を求める方法が存在していることを前提としているものというべきである。そして前記誤認所得については、不服審査手続および抗告訴訟手続が法定されているのであるから、右手続によつて該課税処分が取消されない以上、右原則どおり不当利得が成立し得ないと解して何等妨げないことは前述したとおりであるが、右に述べたように取消を求める制度・手続が制定法上明定されていなかつた貸倒れ所得の場合には、右原則を直ちに適用して該課税処分の取消のないことを理由に不当利得の成立を否定することはできないものというべきである。一方不当利得の法理は公法・私法を通じる法の基本的法理であり、右原則もこの不当利得の法理が公法関係の特殊性に応じていわば制限された形で発現したものと解されるから、右に述べた理由で右原則が排除される場合には一般的な不当利得の法理(具体的には民法に規定されている。)による救済が考慮されてしかるべきであり、本件の如く課税年度経過後に貸倒れが発生した場合、当初から全く存在しない所得に課税する場合と同様該更正処分が瑕疵ある処分となると解すべきこと前述のとおりであるから、かような瑕疵ある更正処分によつて徴収された税金は、右処分が取消されずに存在していても(該更正処分が遡つて効力を失うというのではない。)一般的な不当利得法理の適用により法律上の原因なき利得となるというべきである。

(4)  ただここで右のように所得税法が取消を求める制度・手続を定めていないということは、かえつて、被告が主張するように(事実摘示第三の三(二))、発生主義をとる以上同法が課税年度経過後の貸倒れの発生は課税処分の効力に何らの影響を及ぼすものでないとしている(換言すれば貸倒れの発生によつて課税処分が瑕疵を帯びるに至ると認めていない)証左であり、形式的には勿論、実質的にも当該利得の保有を是認している証左であるとみるべきではないかという疑問がある。しかしながら所得税法が貸倒れの場合について救済方法を定めなかつたのは当時の所得税法が徴税の合目的性・便宜性を主眼として立案された結果、かような場合の救済方法につき適切、周到な配慮を欠いたためであるとみるべきであり、救済方法が定められていない一事をもつて立法府が、かような場合に該課税処分を瑕疵あるものと認めず、該課税処分による利得の保有を是認する態度をとつていたものと解すべきでない。このことは現に前記のように昭和三七年法律第四四号による所得税法の改正によつて調整規定が設けられ、現在に及んでいる(現行法第六四条第一項、第一五二条)ことに徴しても明らかであり、発生主義という課税手続の法技術的制度に伴つて発生する不合理は右の如き調整規定(この規定自体不当利得法理が所得税法特有の法技術的要請によつて修正された形で発現したものと解される)の存在しない当時に生じた分については一般的な不当利得の法理によりこれを是正すべきものというべきである。

(5)  被告は、本件更正処分は貸倒れ所得に対応する分も含めて前記最高裁判所判決によつて適法かつ有効なものとして確定したから、徴収された税金について別訴において不当利得返還請求をなすことを訊せば右処分の取消請求を再度許すのと同様となつて法的安定性を害すると主張する(事実摘示第三の三(一))他、本訴において不当利得返還請求権の成立を認めるならば合法的に確定した課税処分の適否を不服審査手続や抗告訴訟手続を経ることなく、かつ出訴期間の制限もなく争い得ることとなり、行政事件訴訟法の定める諸要件を潜脱し得ることとなつて不当であると主張し(事実摘示第三の四)、更に本件更正処分確定の経緯に照らして原告の本訴請求が信義則に違反すると主張する(事実摘示第三の五)が、右各主張は、いずれも、不服審査手続、抗告訴訟手続が明定されている前記誤認所得の場合に不当利得返還請求を認めない理由とはなり得ても、そもそも右のような争訟手続が存在しない貸倒れの場合に不当利得の法理による救済がはかられるべきことを否定する理由には何らなり得ないというべきである。

(二)  そこで進んで原告主張の貸倒れの存否について検討する

前記二くちの各貸金債権より発生した各利息・損害金債権合計一二九万二、二一〇円について、原告が昭和三六年七月一九日裁判上の和解により一切これを放棄したことは当事者間に争いがない。そして(証拠省略)および原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、原告は昭和二八年中は勿論その後も右利息・損害金の支払をうけたことがなかつたこと、原告が右の貸金債権の担保のため設定をうけた抵当権について、抵当権設定行為が無効なることあるいは詐害行為にあたることを理由に訴訟を提起され、右和解当時右抵当権を否定されるに至る公算が大きいと考えられたこと、そこで原告は右抵当権を失えば、前記債務者らが抵当物件以外に見るべき資産を有していないため利息・損害金債権はおろか貸金元本の回収すらも不可能になるものと考え、前記債務者らに元本債務の支払義務のあることを確認させる代償としてやむを得ず利息・損害金債権については回収不能の事実を認めてこれを一切放棄する旨の前記和解を成立させたことをそれぞれ認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。以上認定したところによれば右利息・損害金債権の放棄は、その回収が可能であるにかかわらず、ことさらになされたものでなく、客観的にみていわゆる貸倒れに該当するものというべきである。

五、(一) 以上述べたとおり被告は前記一、に認定した原告より徴収した更正所得税額金一二八万七、三八〇円のうち右貸倒れ所得を課税対象としたために生じた金額、換言すれば右更正所得税額より右貸倒れ所得が存在しないものとして算出される正当所得税額を差引いた金額を法律の原因なくして不当に利得しているものというべきである。そして右貸倒れ所得が存在しないものとすれば原告の昭和二八年度分は所得金額は(1)不動産所得金二〇万一、六〇〇円(2)給与所得金二〇万四、〇〇〇円(3)雑所得金一五三万五、六二五円(前記誤認所得の合計金一七〇万六、二五〇円に所得標準率九〇%を乗じたもの)以上合計金一九四万一、二二五円であり、これより所得控除額(医療費控除が除かれるべきことは当事者間に争いがない。)合計金一〇万三、〇〇〇円を控除すると課税総所得金額は金一八三万八、二二五円となりこれに対する算出税額は昭和二八年当時の所得税法第一三条によれば金八〇万八、六一二円であり、これより源泉徴収税額金二万五〇〇円を控除すると、所得税額は金七八万八、一一二円となる。従つて被告が不当に利得した額は金四九万九、二六八円となるが、原告は現在被告に対し右金額のうち金二三万一、七七〇円(右貸倒れ所得のうち利息制限法所定の制限内である金四六万八、一一八円に所得標準率九〇%を乗じた金四二万一、三〇六円の課税所得が存在しないとすれば原告に返還さるべき金額について別件でその返還を訴求している(このことは当事者間に争いがない)から、右不当利得額よりこれを差引いた金二六万七、四九八円が被告において原告に返還すべき金額となる。

(二) そして(証拠省略)によれば被告は右別件(東京地方裁判所昭和三八年(ワ)第五〇五四号不当利得返還請求事件)の訴状が送達された日である昭和三八年七月三日に右利得が法律上の原因のないことを知り悪意の受益者となつたものと認められる。(なお被告が悪意になつた時点について原告は昭和三二年九月一七日を主張するが、右時点においてはいまだ本件貸倒れは発生していないから右主張は失当である。)

六、よつて被告は原告に対し前記不当利得金二六万七、四九八円およびこれに対する被告が悪意の受益者となつた日の翌日である昭和三八年七月四日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による利息金の支払をなすべき義務あるものというべく、原告の本訴請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用し、なお仮執行の宣言の申立については必要でないものと認めこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木大任 三宅純一 河本誠之)

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